<小さな教会>1902はベル・エポックの作曲家兼歌手ポール・デルメ(1862-1904)の作品です。クリスマス商魂は旺盛でもクリスチャンの少ない国では、知名度も愛好するひとも少ないかもしれません。おなじ作詞者(シャルル・ファロー)とのコンビ作<愛の星>1896はどうでしょう。
愛の星、陶酔の星、恋する男達、恋する女達は夜も昼も愛しています/ひとりの詩人がわたし
に話してくれました/ひとつの星があって/そこではいつも人は恋しているのです、と(第2節)
わたしはどちらも好きで、<愛の星>はアンドレ・クラヴォーがいちばんで次がアントン・ヴァレリ、<小さな教会>はジャン・リュミエールがリバイバル・ヒットさせました。ロラン・ジェルボーもいい。歌手たちはジャンルでいえば魅惑のシャンソン(シャンソン・ド・シャルム)、なかでもロマンス(あまい恋の歌)がお得意。芦野宏の歌唱を聴けなかったのは残念でなりません。
小さな村落の奥にある教会を私は知っています/その繊細な鐘が水に影を映しています/澄
んだ川の水に/そして、疲れた時、よく、日が暮れる頃/私は全ての騒音から逃れて/ゆっく
りとした足取りで行くのです/そこでお祈りをするために(第1節、前掲詞とも前田有子訳)
趣味の教会建築探訪では、歌詞にふさわしい情景にはめぐりあえませんでした。小さな教会なら様式でいえばゴシック以前のロマネスクです。ロワール地方ではイタリアのモンテ・カッシーノ由来のサン・ブノワ[聖ベネディクト]聖堂と小ぶりなジェルミニ・デ・プレ聖堂。ブルゴーニュ地方には有名なロマネスク教会がいくつかあって、ヴェズレー(ベネディクト[クリュニー]会)、オータン(クリュニー会)、フォントネー(シトー会)をめぐりました。カッコ内は修道会名です。建物は部分的にゴシックふうに増改築されたりで大きな教会になります。しかも小さな「村落」でもなく、フォントネーのほかは「澄んだ水に鐘が影を映す」ような環境ではありませんでした。
小さな教会を舞台にしたシャンソンでもうひとつ思い出すのは、<谷間に三つの鐘が鳴る>1945です。ただ、誕生、結婚、葬儀においてひとは、トレネの<鐘よ鳴れ>1959とばかりに人生に三度は教会のセレモニーにあずかる意味なので、この和訳はどうなのでしょう。歌の作詞・作曲はジャン・ヴィアール(通称ジル1895-1992)です。ジルは生まれた国スイスと隣国フランスをまたにかけて、デュエット歌手・キャバレ経営者としても活動したといいます。この歌はシャンソンの友(グループ)のコーラスをバックに、エディット・ピアフが歌いあげて大ヒットしました。
シャンソンの友といえば、芦野宏もうひとつのテーマソング<幸福を売る男>のもと歌1959を歌ったコーラスグループです。作者はグループ員(J.ブルーソル/J.-P.カルヴェ)で、おなじコンビ作<幸福を運ぶ歌>60のほうも芦野は歌いますが、あまり知られていないのは残念。シャンソンの友は戦中に結成された慰問団がルーツで創始メンバー9人の合唱団です。戦後ピアフに見いだされ、モンタンもそうでしたが、持ち歌の指南をうけて成功。来日時1979(78説もあり).7.6にはアンサンブルを多彩な楽器でも楽しませてくれました。1982パリで元団員マルク・エランにサイン頂戴。
谷間に三つの鐘が鳴る ジャン・ヴィアール(ジル)詞曲1945 薩摩 忠 訳詞
谷間の小さな村 星ふる夜更けに 喜びの鐘の音 静かにひびくよ
バラ色のほほした 新しい命よ かわいい赤ちゃんが この世に生まれた
谷間の村には 鐘がひびくよ 小さなチャペルの 鐘がひびくよ
小道に林に 川の流れに 木霊を浮かべて 小さなチャペルの 鐘がひびくよ
……花咲く季節に……ジャン・フランソワ・ニコ……二人の若者が……結ばれた
……星ふる夜更けに……ジャン・フランソワ・ニコ……花束に埋もれて息を引きとった
芦野宏は1958年に歌いはじめ、シャンソン訳詞コンサート『薩摩忠の世界』1990.12.1においては、静かに幕が開きながらミュージカル・アカデミー「ルルルルル…」のコーラスをバックに歌いだします。やがてコーラス(芸大の後輩たち)も歌詞を芦野に和して開幕しました。(2018.1.18) 後藤光夫©