さくらんぼの実る頃(3)パリ・コミューン 献辞と解説

 <さくらんぼの実る頃>の歌詞は4番まであります。ところが解説書には、はじめの歌詞、つまり初版楽譜(曲1868)では3番までしかなく、4番はパリ・コミューン後、収載歌集の刊行時1885年に付け加えられたという説明がいくつか見られます。たほう、そのことには触れずに、はじめから4番まであることを前提とするような説明もあります。はっきりしたいなら初版楽譜を見ることなので、その実物(コピー)をネットで探してもらいました。それらしきものが出て4番まであるように見えますが、「らしきもの」なので番数についてはペンディングです。

 歌集CHANSONS de J.-B.CLEMENT,1885は開館時(1978)からお世話になった大佛次郎記念館でコピーさせていただきました。歌詞は4番まであり、作者クレマンの『献辞』付きです。

「1871年5月28日、日曜日フォンテーヌ・オ・ロワ街で出会った移動衛生部隊の看護婦で勇敢な市民ルイーズに捧げる。」

 クレマンとルイーズがめぐりあったといわれるのは、パリ・コミューン最後の日、ヴェルサイユ側政府軍との激戦地です。ことの発端は普仏戦争敗北後のモンマルトル(1871.3.18)ですが、その前3.3に国民軍共和「連盟」を結成します。3.28の宣言により「パリ・コミューン」が樹立されました。国家から独立した自治都市が成立し、史上初の労働者政権といわれたりします。中身は急進保守、革命家、穏健派、労働者、大小商人、親方・職人、主婦なども混じる混成部隊で路線対立もあり、彼らから成る国民軍は職業軍人も加わった半官半民の軍で民兵がほとんどです。

 4.2政府軍とパリ国民軍の戦闘がはじまります。それでも劇場、音楽会、カフェは開かれていました。戦いは当初コミューン側が優勢でしたが、やがて次つぎとバリケードが破られ、5.21政府軍がパリ市内に侵入。砲弾も撃ちこむ市街戦で大量虐殺がはじまり、非武装の市民や子供までも容赦なく殺害されました。5.27敗残兵が追いつめられたペール・ラシェーズ墓地では、墓石群を楯に殺すか殺されるかの白兵戦。最後は長い塀のまえでひとり残らず銃殺されました。その5.21~5.28は「血の一週間」と称されます。戦闘での死者は2~3万。チュイルリー宮殿ほか多くの公共建築が焼失し、パリは廃墟と化しました。2カ月あまり、72日間という短命でした。捕虜3~4万、裁判で死刑270人、流刑3~5千うち何人かは釈放され亡命者とも1880年の大赦で帰国します。

 愛国的な民衆と国民軍が選挙で革命的な自治政権を樹立したのでした。「コミューンは巨大で雄大な祭りであった」とか「ヴェルサイユは秩序ある人たちだが、人間の品位はコミューン側にあった」ということばにやや救われます。いま「連盟兵の壁」と呼ばれる処刑の塀のまえには、季節の花々が植えられていて静寂そのもの。初めてのパリ(1971)では訪ねそびれましたが、2度目の78年以来なんど訪れたことでしょう。壁の向かいのクレマン、エリュアール、ほかにモンタン、シニョレ、ピアフ、ベコー、ギルベール、アポリネール、ローランサンたちの墓標とともに。

 1978年にはパリのFNAC店で、こんな楽譜集をもとめました。Le Livre d’or de la Chanson Francaise,1971(これは再版年?)。そのtome1に歌詞が4番までのLe temps des cerises(1866)が載っており、編者によると思われる次のような『解説』が付いております。

 「この<牧歌>はここちよく、なによりも当たりさわりのないもの。だが、4番の歌詞でもって作者自身の意向により、1871年のパリ・コミューンに関わる明確な政治的意味が付与された。じじつ、1885年版はJ.-B.クレマンが出会った、ある日バリケードの防衛隊に補給物資籠を届けにきた若い見知らぬ女子労働者に<さくらんぼの実る頃>を献呈したのである。」

 初版楽譜1868の歌詞が3番までか4番もあるのかは、前述のように実物(コピー)は未見なので不明ですが、この類いの解説は4番までの現行楽譜でもって書けそうな内容です。

余談ですが、アンドレ・クラヴォー(1915-2003)がこの歌を録音したLP仏盤J.Canetti48.876を見つけて驚喜しました。ところがこれは同名異曲ともいうべきもので、歌詞もメロディも部分的に元歌から借りて作者のベルギー、ロンドンへの北帰行、五月の悲劇を暗示し、「ウグイスは私を悲しませ、さくらんぼの季節は好きだが、恐ろしくも忘れてはならない」と歌います。(2015.8.18)後藤光夫©

CHANSONS de J.-B.CLEMENT,1885(大佛次郎記念館所蔵)
CHANSONS de J.-B.CLEMENT,1885(大佛次郎記念館所蔵)
Le Livre d’or de la Chanson Francaise tome1,1971
Le Livre d’or de la Chanson Francaise tome1,1971